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岡山地方裁判所 昭和43年(ヨ)194号 決定

申請人

則武真一

他四名

代理人

豊田秀男

他四名

被申請人

株式会社山陽新聞社

代理人

古田進

主文

一、被申請人は申請人らに対しそれぞれ

1  別紙目録(一)記載の金員を支払え。

2  昭和四三年六月一日以降毎月二六日限り別紙目録(二)記載の金員を支払え。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

申請人らは「被申請人は申請人らに対しそれぞれ、1別紙目録(三)記載の金員を支払え、および2昭和四三年六月一日以降毎月二六日限り別紙目録(四)記載の金員を支払え」との裁判を求める。

第二、当事者間に争いのない事実

(1)  被申請人は肩書地に本社を置き、日刊新聞の発行を主要業務としている株式会社であり、申請人らはそれぞれ昭和二五年九月から昭和三年一一月までの間に被申請人会社へ入社し、昭和三七年一一月一二日当時被申請人会社の従業員で組織する山陽新聞労働組合の執行委員長、副執行委員長、副書記長等のいわゆる組合四役であつた。

(2)  被申請人は申請人らに対し前記日時付で懲戒解雇の意思表示をした。

(3)  申請人らは右処分を不当として当庁に地位保全、賃金支払仮処分命令を申請し、当庁昭和三七年(ヨ)第二六二号事件につき、昭和三八年一二月一〇日申請人らを従業員として取扱い、賃金をかりに支払え(別紙目録(五)のとおり)との判決があつた。被申請人は右判決を不服として広島高等裁判所岡山支部に控訴を提起し、同庁昭和三九年(ネ)第一〇号事件として係属したが、昭和四三年五月三一日控訴棄却の判決があり、原判決が確定した。

(4)  申請人らは原判決言渡直後当庁に従業員地位確認、賃金等支払請求の本案訴訟を提起し、当庁昭和三八年(ワ)第五九五号事件として、現在審理中である。

第三、申請理由の要旨

申請人らは「被申請人による申請人らの解雇が無効であることは前記二回の判決により既に明白となつた。

申請人らは、前記仮処分命令後被申請人より解雇の意思表示をうけた昭和三七年一一月一二日の時点における平均賃金の支払をうけて現在に至つているが、その後における諸物価の騰貴、申請人らの家族構成の増大等のため申請人らに支払われている約六年前の賃金額のみでは到底その生活を維持できるものではなく、組合や親戚知人等あらゆる方面からの多額の借金により辛うじて糊口をしのいでいる状態にあり、その生活は今や崩壊の危機に直面している。そして、申請人らが被申請人により解雇されることなく従業員として勤務していたならば、申請人らは他の一般従業員と同様当然毎年ベースアップ、定期昇給のみならず夏期、冬期における各賞与(一時金)の支給をうけることができた筈である。

よつて、解雇時より現在に至るまでの間において申請人らがうべかりし右ベースアップ、定期昇給分を含む賃金および賞与(一時金)の総額と前記仮処分命令により現在まで支払をうけてきた総額との差額ならびに申請人らが解雇されなかつたら支給されるものと推定される現在における賃金の本案訴訟確定に至るまでの支払を求めるため申請の趣旨記載の仮処分命令申請におよんだ」と主張する。

第四、当裁判所の判断

(被保全権利について)

よつて、まず申請人らの主張するベースアップ、定期昇給、賞与(一時金)等のうちその、その数額および算定方法等が当事者間で争点となつているものにつき順次判断する。

一賃金について

(一) 定期昇給およびベースアップ

申請人らが解雇された昭和三七年一一月一二日以降昭和四三年五月三一日までの間に、被申請人会社においてなされた定期昇給(臨時昇給を含む)およびベースアップの日時およびその額については当事者間に争いがない。しかしながら疎明によれば、右定期昇給およびベースアップの額の中には、被申請人が当該期間内における従業員各人の業績寄与度に対する考課によつて決定する査定部分(調整金)の存在することが認められる。

右調整金の算定方法が、申請人の主張するように組合員一人平均調整金額を組合員平均本給で除した方法で行うことが合理的であることについては、疎明が十分といえないので、結局被申請人の主張する実績調整金率の範囲において疎明があつたものと認むべきである。

(二) 基準内賃金

(1) 新聞代補助

疎明によれば、被申請人会社においては従業員に対し同会社の発行する山陽新聞の購読を義務づけ、その購読代金の一部を補助している事実が認められる。被申請人は、右補助は労働の対価として支給するものではないから基準内外賃金いずれにも帰属するものではないと主張するが、右補助が申請人らに対する解雇予告手当額の中に算入されていたことは被申請人も争わないので、これを基準内賃金に含ませるのが相当である。

右補助額が昭和四〇年一〇月以降一ケ月三四〇円に増額されたことは当事者間に争いがないが、申請人の主張する同年九月までは二四〇円であつたことについての疎明はないから、被申請人の主張する二一〇円の範囲において疎明があつたものと認むべきである。

(2) 身分手当

疎明によれば、被申請人会社においては役職員を除いた社員について理事以下主事に至るまで六段階の身分制が実施されていることが認められ、右身分のうち参事に対しては月額三、五〇〇円、副参事に対しては月額一、七〇〇円の身分手当がそれぞれ支給されていることは当事者間に争いがない。

しかし、申請人が主張するように、右身分の取得は取得資格たる一定の社員歴年数(参事について一二年、副参事について九年)の経過により自動的に生ずるものであることについての疎明はなく、かえつて、右身分の取得は右有資格者中より被申請人の選考を経て決定されており、したがつて選考資格取得と同時に当該身分を取得する者もあるが、反面資格取得後数年を経てもなおその身分を取得し得ない者の存在することが一応認められる。

もつとも、申請人らの執務能力、勤務成績等が他の同経歴者従業員に比して抜群に優秀であつたことについての疎明はないが、申請人らの業績寄与度が平均的水準にあつたこと、および昭和四三年五月現在申請人らと同経歴を有する他の従業員のうちおおむね半数以上が副参事以上の身分を取得していることは被申請人も明らかに争わないところであるから、申請人らはそれぞれその参事の選考資格を取得した時期には少くとも副参事の身分を取得し得たと認めるのが合理的である。そうすると、申請人則武、同萩原が昭和四一年一月、申請人神吉、同西森が昭和四二年一月、申請人小野が昭和四三年一月にそれぞれ参事の選考資格を取得したことは当事者間に争いがないから、申請人らは右各時期に副参事の身分を取得し、右時期以降月額一、七〇〇円の身分手当をうけ得べきこととなる。

(3) 申請人萩原の休職期間中の扱い

申請人萩原が昭和三六年七月一三日付で山陽新聞労働組合の組合業務専従者となり昭和三八年七月一日専従解除となつたことおよび同人が昭和四二年三月三一日岡山県議会議員選挙に立候補し同年四月一六日落選の決定があつたことについては当事者間に争いがない。疎明によれば被申請人会社においては右各期間に該当する月は無給休職扱いとされることが認められるので、申請人萩原の昭和三六年七月および昭和四二年三、四月の基準内賃金の計算は日割り計算によつて行うべきこととなる。

(4) 申請人小野の家族手当

申請人小野が昭和三九年四月に結婚したことは当事者間に争いがないが、同月に被申請人に対して結婚の届出がなされたことの疎明はない。

疎明によれば、被申請人会社における家族手当の支給は扶養家族の発生の届出があつた翌月より行われることが認められるから、被申請人の認めるその届出があつたとする昭和三九年五月の翌月たる同年六月より申請人小野は月額五〇〇円の家族手当の支給をうけ得べきこととなる。

(5) 申請人西森の凹調整

被申請人会社においては、昭和三七年四月の定期昇給時に勤続別学歴別最低本給額なるものを設定し、右本給額に満たない者についてのみその不足額を各年毎に順次均等増額調整(いわゆる凹調整)を行うことになつたことは当事者間に争いがないが、申請人らの本給はすべてこれを上廻つていたから申請人らの中で右凹調整の適用をうける該当者がいないとの点についての疎明はないから、結局被申請人の主張する該当適用者申請人西森について昭和三七、三八、三九年の各定期昇給時に定額八〇円がそれぞれ同人の本給に算入された範囲で疎明があつたものと認むべきである。

(三) 基準外賃金

(1) 基準外賃金算定の基礎となる

基準内賃金

疎明によれば、被申請人会社における基準外賃金のうち時間外勤務手当、深夜割り増し手当、早朝勤務手当、休日勤務手当の各諸手当は、基準内賃金中の所定賃金月額に一定の係数および当該勤務時間数を乗じて比例増額計算により算定されることが認められる。右所定賃金月額に本給および勤続手当が含まれることは当事者間に争いがなく、また、疎明によれば、身分手当も含まれることが認められる。

したがつて、前記のとおり申請人らに対して前記各時期より副参事の資格を認めた以上、当然副参事の身分手当一、七〇〇円も右比例増額計算の対象たりうべきものであるが、右比例増額計算式中の時間外勤務時間数もしくは深夜勤務時間数についての疎明がないので、結局申請人らの身分手当は比例増額計算の対象より除外せざるを得ない。

(2) 新勤務体制採用による影響

疎明によれば、被申請人会社においては昭和三九年七月から大幅に時間外勤務時間を短縮し、これによつて浮いた賃金源資を深夜勤務割増率の増率に振り替える等のいわゆる新勤務体制に移行し、申請人則武、同西森が解雇当時所属していた職場について右の移行に伴う影響が生じたことが認められる。しかし、右の影響がどれ程の割合で生ずるものであるかの点についての的確な疎明はないので、結局被申請人の認める増減率の範囲において疎明があつたものと認むべきである。

(3) 申請人萩原の外勤記者基準外打ち切り手当および深夜勤務打ち切り手当

申請人萩原が組合業務専従者となる以前編集局社会部所属の外勤記者であつたことは当事者間に争いがない。

疎明によれば、外勤記者に対しては前記時間外勤務等の適用がなく、外勤記者基準外打ち切り手当および深夜勤務打ち切り手当が支給され、後者の手当は解雇当時以降現在に至るまで支給基準が変更されていないが、前者の手当については四回にわたりその支給基準が改訂され、昭和四三年四年一日現在基準内賃金額五四、〇〇〇円以上の者に対する同手当額は一一、五一〇円であることが認められ、申請人萩原がこれに該当することは当事者間に争いがない。

(4) 基準外賃金の支給日

疎明によれば、基準外賃金の支給日は、当月分を翌月支給されることにななているので、解雇のなされた昭和三七年一一月は日割り計算として別計算となり、前記比例増額計算の対象となる基準内賃金は翌月の同年一二月が基準となつていることが認められる。

なお、申請人萩原の前記無給休職期間中の日割り計算については基準内賃金の項で判断したとおりである。

二賞与(一時)金について

申請人らが解雇されて以降昭和四三年五月三一日までの間に、被申請人会社において申請人ら以外の一般従業員に支給された夏期および冬期賞与の各支給期日および各支給額については当事者間に争いがない。

そして支給額の配分に関するもののうち、身分手当、調整金の算定および申請人萩原の休職期間中の扱いについては、前記賃金の項で判断したとおりである。

なお、申請人西森は昭和三七年冬期賞与の対象期間中の欠勤を考慮しない額を主張しているが、前記の如く調整金部分について被申請人の査定が加わる以上、欠勤日数に相応した欠勤減率を適用されるのはやむを得ないことであり、結局被申請人の主張する欠勤減率分を控除した範囲において疎明があつたものと認むべきである。

三総括

以上を総合すると、申請人らの昭和四三年五月までのうべかりし年月別基準内賃金および基準外賃金ならびに各期別賞与の各額と総額は、それぞれ別紙目録(六)、同目録(七)、同目(八)録記載のとおり計算され、その合計額は別紙目録(一)のとおりであり、同四三年六月以降支給をうけうべき賃金額は目録記(六)、(七)載の同年五月分基準内賃金と基準外賃金を合せた目録(二)の額のとおりであることが一応認められ、これらの範囲内において、申請人ら主張の賃金等請求権の存在の疎明があつたというべきである。

(保全の必要性について)

本件申請は、既に地位保全および賃金支払の仮処分(第一次仮処分)をうけている申請人らが、解雇されて以降現在に至るまで五年余の期間における賃金の昇給分および賞与等の一時金等につき、第一次仮処分によつてこれまで現実に支給をうけてきた分との差額を一括して遡及支払(バック・ペイ)の仮処分(第二次仮処分)を求め、そのため、その請求額も申請人一人平均約二〇〇万円という可成り高額になつている点において、極めて特異な事例といわなければならない。

元来、緊急措置を旨とする仮処分制度の趣旨にてらせば、このように五年余も過去に遡り、しかもこれまで現実に支払をうけてきた分と未払分との差額を求めることは、当然本案訴訟において行うべきものであり、これを仮処分において求めるのは明らかに必要性の限界を逸脱するものであるとの被申請人の主張もあながち理由がないとはいえない。

しかしながら、当裁判所は、将来の賃金債権についてはもとより過去における差額部分の支払に関する仮処分の必要性の有無についても、以下に述べる理由からこれを積極に解するものである。

(一)  本件仮処分の必要性、とくに過去における差額部分の支払を求めるそれにおいて、最も問題となるのは、右に述べた如くその遡及期間が実に五年余となつている点にある。

申請人らが、昭和三八年一二月一〇日地位保全および賃金支払の第一次仮処分をうけた直後、当庁に提起した従業員地位確認および賃金支払請求の本案訴訟は、昭和三九年三月四日第一回口頭弁論期日を開いて以来現在に至るまで約四年半にわたり審理を重ねているにもかかわらず、本件の如き第二次仮処分が申請されたのは今回が最初であることに鑑みると、右事実自体から本件仮処分の必要性は阻却されると考えられなくもない。

しかし、右事実は、一概に申請人らの生活に余裕があつたこと、もしくは申請人らが権利の行使を怠つていたことを断定する根拠となり得ない事情が本件には存在したことも留意されなければならない。すなわち、申請人らは第一次仮処分判決において勝訴したが、右判決を不服とする被申請人は広島高等裁判所岡山支部に控訴し、約四年余の審理を経て昭和四三年五月三一日被申請人の控訴は破棄され、原判決は維持されたのであるが、疎明によれば申請人らおよび山陽新聞労働組合は、第一次仮処分判決後機会ある毎に被申請人に対して申請人らの職場復帰および昇給分、一時金等の支給を強く要求してきたが、被申請人がこれに応じないので、右控訴審判決が申請人らの勝訴に確定したならば被申請人も申請人らの右要求に従うであろうとの期待のもとに、右控訴審の審理の推移を注目していたこと、しかるに申請人らの勝訴を確定した右控訴審判決後における団体交渉において、被申請人は依然として申請人らの要求に応じないことが明らかとなつたので、本件第二次仮処分の申請に及んだ事情が窺われる。

そして、現今のわが国における経済状勢のもとでは、物価の上昇に伴い労働者の賃金もかなり短期間に上昇していることは当裁判所に顕著な事実である。このような場合、理論的な厳密性から考えれば、賃金が上昇するつど仮処分を求めることが正当というべきであろうが、実際にはそのような煩瑣な手続を、とくに経済的に余裕のない労働者に反覆させることを期待するのは不可能に近いといわなければならない。

さらに、もともと、地位保全の如きいわゆる任意の履行に期待する仮処分命令には執行力がなく、相手方の任意の履行によつてのみ現実的効果を発生するものであることは一般に認められているが、右仮処分命令も国家行為たる裁判である以上、当事者間に有効なものとして妥当することもまた明らかである。そして、地位保全仮処分命令の内容としては、解雇された従業員を解雇当時の労働条件に従つて待遇されるべきは勿論、同種の一般従業員について賃金その他の労働条件の改訂が行われた場合には、その改訂された条件に従つて待遇されなければならないとの趣旨を包含していると解するのが当然であるから、地位保全の第一次仮処分命令および右命令に対する控訴審判決に従わなかつた被申請人が本件仮処分の必要性につき、五年間の日時の経過を理由としてその不存在を強調することは些か筋違いであるとの感を禁じ得ないのである。けだし、申請人らの主張する本件仮処分申請の必要性は、前記の如く申請人ら自から招いたものというよりはむしろ被申請人による解雇およびその後における被申請人の任意履行の仮処分に応じない態度に由来するものともいいうるからである。したがつて、第一次仮処分後本件仮処分申請までに五年余の日時を経過したことや過去における差額部分の請求であるとの一事だけでは本件仮処分の必要性がないものと断ずることはできない。

よつて、以下その他の各種事情について、本件仮処分の必要性の有無および限度を判断することとする。

(二)  本件仮処分の必要性、とくに将来の賃金債権についてのそれを判断するにあたつて先ず考慮されなければならないのは、申請人らが解雇された当時と現在におけるわが国の経済状勢の変化である。近年わが国における消費者物価指数が毎年数パーセント以上の上昇率を示していること、これに伴い労働者の賃金引上げ要求等の経済闘争も激化し、都市勤労者世帯の収入、支出も著しく増加しているが、賃金の上昇は物価の上昇に後行する傾向にあること等の諸事実は、疎明を俟たずして当裁判所に顕著である。そして、このような状況のもとにおいて、現在より五年余以前の賃金額しか支給をうけていない申請人らおよびその家族の生活が極めて困難な状態に直面し、このまま放置すれば本案訴訟による救済をうけるまでの間にその生活が破壊され回復し難い損害を被るおそれのあることは、とくに反対の疎明がない限りこれを認めるのが一応相当であつて、前記のような経緯より今後早急に被申請人からの任意の履行を期待しえず、したがつて、これまでどおり賞与、一時金等の支給をうける見込のない事情および後記申請人らの現在における生活状況を斟酌すれば、本件申請のうち前記第四の一および三で認定した将来の賃金債権全額について支払を命ずる必要性を肯定するに十分といわなければならない。

(三)  次に本件申請のうち、過去における差額部分について遡及支払を命ずる仮処分の必要性を判断するにあたつて考慮しなければならないのは、申請人らが解雇されて以降現在に至るまでの間その生活の全域において辿つてきた困窮の過程である。疎明によれば、申請人神吉を除く他の申請人らはいずれも解雇当時に比して扶養家族の増加もしくは就学扶養家族の増加等の家族構成の変動により生活費の支出増を余儀なくされ、また申請人神吉を含むすべての申請人らはその家族もしくは扶養親族の中で何人かの病人を抱え治療費等不時の出費の支弁に苦慮してきたこと、このため申請人らは失業保険金の仮給付、山陽新聞労働組合およびその上部団体たる日本新聞労働組合連合から生活補償金の貸与をうけ、それのみでは十分ではないところから申請人らの親戚知人或は岡山労働金庫等よりの借り入れ金によつて辛うじてその生活を維持してきたものの、その負債額は最高が申請人西森の約三〇〇万円、最低が申請人萩原の約六〇万円に達しており、平均一人あたり一〇〇万円を越えている事実が認められる(なお、申請人西森の負債中約二一〇万円は土地住宅の購入に供するため借り入れられたものであるが、これも解雇当時から居住していた借家の度重なる家賃値上げの要求に堪え切れなかつたので妻の勤務先等の融資をうけて一五坪程度の土地付小住宅を購入したものであることが認められ、仮に右負債を除いても残る負債額は約八〇万円であるから必ずしも申請人西森のみが他の申請人らに比して生活にゆとりがあるものといえない)。ただし、疎明によれば、申請人らの右負債中、岡山労働金庫よりの借入金および申請人西森の妻が前記住宅購入資金として公立学校教職員共済会より借り入れた一五〇万円を除いては、すべて返済期限は一応本案訴訟確定の時と定められている模様であり、そうすると被申請人主張の如く右負債が現在直ちに申請人らの生活に急迫した影響を及ぼすものではないと判断されなくもない。しかし、右事実から直ちに遡及支払を命ずる仮処分の必要性なきものと断定することはできないというべきである。けだし、民事訴訟法第七六〇条但書にいう「その他の理由」とは継続的権利関係について紛争状態が発生した場合において、本案判決による最終的解決に至るまでの間において紛争当事者の一方のみがその権利関係について相手方に比して著しく不利な地位におかれるという紛争当事者間の不平等を排し、紛争中両当事者の地位の公平を実質的に維持するに相当な措置を仮処分によつて設定することを可能ならしめる趣旨と解すべきであるから、遡及支払を命ずる仮処分の必要性の有無を判断するに際しては、被申請人側の事情も併せて考慮しなければならないからである。そして、被申請人が申請人らに対して解雇を通告し、申請人らをその職場より排除したことによつて、その営業規模、営業の継続、従業員の補充その他会社の業務運営につき格別の障害もしくは不利益を被ることなく営業成績も順調に達成されていることは被申請人も明らかに争わないところである。一方、疎明によれば、申請人らは山陽新聞労働組合および日本新聞労働組合連合から援助をうけている貸付金も前記のような事情より殆んどその生計を維持するために費消され、申請人ら自身の復職闘争を進めるための費用の捻出は山陽新聞労働組合の組合員らのカンパに頼らざるを得ないこと、右組合も企業内組合である制約上申請人らの長期間にわたる復職闘争を支援するだけの財政的基盤が十分でなく、今後もこれまでのように組合員から多額のカンパを徴収することは困難である事情が認められる。

このように、第一次仮処分命令当時設定された申請人らと被申請人の間における実質的地位の公平という均衡が五年余を経た現在においては既に崩れ去つていることが推認するに難くなく、且つ本案訴訟の確定に至るまでにはなお相当長期の日時を要することが予測される状況のもとにおいては、第一次仮処分判決の確定を見た現在、申請人らとしても、一応身辺を整理し、労働者としての地位の不公平を幾分なりとも回復し、本案訴訟の維持に備える要あるものというべく、結局過去の差額部分についても、主文掲記の限度において仮にこれを支払わしめる必要性があると解するのが相当である。

なお、被申請人は、仮に過去の差額部分につき遡及支払の必要性が認められるとしても、賞与や一時金等の支払は必要性の範囲内に含ませるべきではなく、申請人則武を除くその他の申請人らの妻の収入も考慮のうえ必要性の限度が定められるべきであると主張する。しかし、わが国において一般労働者に支払われる賞与等の一時金が、欧米におけるが如く企業利潤の分配という性格よりは、基本賃金を補うための臨時の生活補助費的性格を強く有していることは当裁判所に顕著であり、また共稼ぎによる妻の収入も、妻が独立して大規模な営業を営む等の場合は格別、夫の賃金を補う意味を有していることは賞与の場合と同様であるから被申請人の主張は採用できない。

第五  結論

以上のとおり、本件仮処分申請は別紙目録(一)および同目録(二)記載金額について理由があるのでこれを認容することとし、申請費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(五十部一夫 金田智行 大沼容之)

別紙目録(一)、(二)〈省略〉

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